弓道の大会や演武を見ていると、「打起しの方法が違う」「所作が自分の道場と少し違う」と感じることがあります。
こうした違いには流派が関係する場合もありますが、目に見える違いのすべてが流派によるものとは限りません。指導系統、道場や学校の慣習、行射の目的、正面打起し・斜面打起しなど、複数の要因が関係します。
この記事では、弓道の流派とは何か、日置流・小笠原流・本多流はどのような伝統なのか、そして現代弓道とどのように関わっているのかを初心者向けに整理します。
弓道の「流派」とは
弓道における流派とは、弓術や弓馬術、礼法などを、一定の系譜と教えの体系によって伝承してきた伝統を指します。
流派によって、射法、弓構え、打起し、足踏み、体配、礼法、用語、稽古の目的などに違いが見られます。ただし、一つの特徴だけで流派全体を説明することはできません。同じ名称の系統でも分派があり、時代や伝承団体によって内容が異なる場合があります。
そのため、「正面打起しなら本多流」「斜面打起しなら日置流」といった一対一の対応で考えるのは正確ではありません。
現代の弓道家は必ず流派に属するのか
必ずしも伝統流派に属しているわけではありません。
現在は、学校の弓道部、地域の弓道協会、公営弓道場の初心者教室などで弓道を始め、全日本弓道連盟が示す射法・体配を共通の基礎として学ぶ人も多くいます。その場合、特定の流派名を名乗らずに稽古を続けることがあります。
一方で、伝統流派やその系統を明確に受け継ぐ団体・道場もあります。所属団体が流派名を掲げていなくても、指導者の系譜や稽古内容に特定の伝統が影響している場合があります。
代表的な流派・系統を比較
弓道の歴史には多くの流派と分派があります。ここでは、初心者が耳にすることの多い日置流・小笠原流・本多流を、全体像をつかむための入口として紹介します。
| 流派・系統 | 成立・系譜の概要 | 理解のポイント |
|---|---|---|
| 日置流 | 室町時代の日置弾正正次を祖とする系譜 | 出雲派・雪荷派・印西派・大蔵派など多くの分派があり、一括りにしない |
| 小笠原流 | 鎌倉時代以来、武家の伝統を受け継ぐ | 礼法だけでなく、弓術・弓馬術も伝える |
| 本多流 | 明治時代に本多利實が創始 | 正面に打ち起こし、大三を取る射法を伝える |
この表は、各流派の優劣を比較するものではありません。また、弓道の流派すべてを網羅した一覧でもありません。それぞれの歴史と教えを尊重し、詳細は各伝承団体の公式情報や指導者の説明で確認することが大切です。
日置流|多くの分派を生んだ弓術の系譜
全日本弓道連盟の歴史解説では、日置流の祖は室町時代の日置弾正正次とされています。その射法は吉田重賢へ受け継がれ、さらに複数の系統へ分かれていきました。
同解説で紹介されている主な流れを簡略化すると、次のようになります。
- 日置弾正正次から吉田重賢へ伝承
- 出雲派と雪荷派が分派
- 雪荷派から道雪の系統が分派
- 出雲派から印西派・大蔵派などが分派
このほか、竹林坊如成による竹林派が成立し、尾張・紀州で発展したことも解説に記されています。本多利實は江戸における日置流竹林派の家元であり、後に本多流を創始しました。
日置流を「斜面打起し」「実戦的」「矢勢を重視」といった短い言葉だけでまとめると、分派ごとの伝承や射法の違いが見えなくなります。日置流という大きな系譜の中に複数の伝統があることを、最初に理解しておきましょう。
弓術の歴史を知るうえでは、江戸時代に三十三間堂で盛んになった通し矢も重要です。詳しくは三十三間堂の通し矢の魅力で紹介しています。
小笠原流|礼法・弓術・弓馬術を伝える
小笠原流は、鎌倉時代以来の武家の伝統を受け継いでおり、礼法・弓術・弓馬術を伝える流派とされています。
「小笠原流=礼法」と紹介されることがありますが、それだけでは全体を表せません。日本古武道協会も、小笠原家は礼法の家として知られる一方、その基盤には弓馬の武術があり、礼法・弓術・弓馬術の三つを修めることを重視すると説明しています。
流鏑馬などの神事が広く知られていますが、歩射の稽古も行われています。礼の美しさだけを切り取るのではなく、武家の実用的な動作、弓術、馬上での射、儀礼が一つの伝統の中で受け継がれていると捉えるのが適切です。
本多流|正面打起しと大三を伝える
本多流は、明治時代に本多利實によって創始された流派です。全日本弓道連盟の歴史解説でも、明治期の新しい流派として本多流の成立が紹介されています。
本多流生弓会は、本多流の射法を「正面に打ち起こして大三を取る射法」と説明し、「剛健典雅」を旨として伝承・研究を続けています。
ただし、「正面打起しを行う人は全員が本多流」という意味ではありません。現代弓道でも正面打起しは広く用いられており、射法の一部が共通して見えるだけで流派への所属を判断することはできません。
正面打起し・斜面打起しと流派は同じ分類ではない
正面打起しと斜面打起しは、主に弓構えから打起しへ進む方法を表す言葉です。流派そのものの名称ではありません。
| 用語 | 全日本弓道連盟の用語説明 | 注意点 |
|---|---|---|
| 正面打起し | 正面の弓構えから両腕を上へ打ち起こし、大三を取る方法 | 本多流以外でも用いられる |
| 斜面打起し | 斜面の弓構えから左斜め上へ打ち起こす方法 | 日置流のすべてを同じ射法として扱わない |
全日本弓道連盟の初心者向け解説でも、射法には正面と斜面があることを明記したうえで、正面の方法を一例として紹介しています。
つまり、流派は歴史・系譜・教えの体系を表し、正面・斜面は射法上の方法を表します。両者には関係がありますが、同じ分類ではありません。
全日本弓道連盟の共通指針と伝統流派の関係
全日本弓道連盟は、『弓道教本』や公式サイトを通じて、射法八節、基本体、体配など、現代弓道を学ぶための共通的な指針を示しています。
一方で、共通の指針が示されたことは、伝統流派が消滅したり、すべての射法が完全に同一化されたりしたことを意味しません。各流派・団体は、それぞれの系譜に基づく教えを現在も伝承しています。
「連盟の弓道」と「伝統流派」を対立するものとして捉えるより、共通的な規範を学ぶ場と、個別の伝統を受け継ぐ場が併存していると考えると分かりやすいでしょう。
共通的な射法八節を理解したい方は、まず胴造りや会など、各段階の基本から確認してください。
自分の指導系統を知りたいときの確認方法
自分がどの流派・系統の影響を受けているのか知りたい場合は、射形だけで推測せず、次の順で確認するのが確実です。
- 指導者に尋ねる:師事した先生や道場の指導系統を確認する
- 所属団体の沿革を調べる:公式サイト、会則、記念誌などを見る
- 稽古で使う用語や資料を確認する:独自の教本・伝書・講習体系があるか確かめる
- 不明な場合は断定しない:正面・斜面など一つの特徴だけで流派名を名乗らない
伝統流派への入門を希望する場合は、各流派・伝承団体の公式窓口から、稽古場所や入門方法を確認してください。伝承内容を動画や文章だけで自己流に再現するのではなく、正式な指導を受けることが大切です。
弓道の流派についてよくある質問
正面打起しなら本多流ですか?
いいえ。正面打起しは本多流の重要な特徴の一つですが、現代弓道でも広く用いられています。正面打起しだけで本多流への所属を判断することはできません。
斜面打起しなら日置流ですか?
斜面打起しは日置流の系統と深い関わりがありますが、日置流には多くの分派があり、伝承内容も一様ではありません。射法の一部分だけで流派を断定しないようにしましょう。
流派に属していなくても弓道を学べますか?
学べます。学校の弓道部、地域の弓道会、初心者教室など、特定の伝統流派への所属を前提としない学び方があります。まずは指導者のもとで安全と基本を身につけることが大切です。
大会で見える所作の違いは流派の違いですか?
流派が関係する場合もありますが、それだけではありません。大会要項、射礼、学校や地域の指導、正面・斜面、坐射・立射なども所作の違いにつながります。大会ごとの基本ルールは弓道のルール解説で確認できます。
まとめ|流派・打起し・共通指針を分けて考えよう
弓道の流派は、単なる構え方の違いではなく、歴史、系譜、射法、礼法、稽古の考え方を含む伝承の体系です。
- 日置流には多くの分派があり、一括りに説明できない
- 小笠原流は礼法だけでなく、弓術・弓馬術も伝える
- 本多流は正面打起しと大三を特徴として伝承する
- 正面・斜面は打起しの方法であり、流派名そのものではない
- 現代の共通指針と伝統流派の教えは併存している
大会や演武で違いを感じたときは、すぐに流派の違いと決めつけず、「どの歴史と指導系統から生まれた動きなのか」という視点で見てみましょう。弓道の背景を知ることで、日々学んでいる射法への理解も深まります。

